BCP対策とは、災害などで事業が止まっても、重要な業務を続けるか、できるだけ短い期間で元に戻すために、前もって整える備えのことです。
内閣府の事業継続ガイドラインは事前対策の例に「水をはじめライフラインの代替対策」を挙げていますが、内閣府の令和7年度の調査では、飲料水を3日分以上備えている中堅企業は43.0%です。この記事では、BCP対策の具体例を「ヒト・モノ・カネ・情報」の4つの切り口で並べ、企業の実態を示したうえで、抜けやすい断水対策を事業所・病院・商業施設ごとに整理します。策定の手順はBCP策定の手順の記事で扱っているので、ここでは要点だけにとどめます。
この記事でわかること
- 具体例は4つの切り口で並べる:ヒト・モノ・カネ・情報。水はモノの中のライフラインに入ります。
- 策定率は調べた相手で大きく違う:内閣府(大企業・中堅企業)と帝国データバンク(全規模)は別の数字です。
- 水は「書いてある」が「足りていない」:BCPに水・食料の備蓄を書いた企業は75.3%でも、飲料水を3日分以上備える中堅企業は43.0%です。
- 断水で止まるものは業種で違う:事業所はトイレと製造、病院は透析・滅菌・洗浄、商業施設は飲食と来客のトイレ。
- 井戸・地下水は水の備えの1つで、弱点もある:停電・濁り・塩水に弱く、飲用まで賄うなら浄水処理と非常用電源が要ります。
BCP対策とは|防災との違い
BCP対策は、事業を止めない、または早く戻すための計画と、その計画を平常時から回し続ける活動です。
内閣府の事業継続ガイドライン(令和5年3月)は、BCP(事業継続計画)を「重要な事業を中断させない、または中断しても可能な限り短い期間で復旧させるための方針、体制、手順等を示した計画」としています。対象は地震だけでなく、水害、感染症、システム障害、取引先の被災なども含みます。
同じガイドラインは、多額の出費を伴わなくても一定の対応はできるとして、すべての企業・組織に導入が望まれるとしています。
BCPは計画、BCMは回し続ける活動
BCPは計画書で、BCM(事業継続マネジメント)は計画を作り、備え、訓練し、見直し続ける活動の全体です。
ガイドラインはBCMの中身として、BCPの策定と維持・更新、予算と資源の確保、事前対策の実施、教育・訓練、点検、継続的な改善を挙げています。
計画の軸になるのが、目標復旧時間(RTO)と目標復旧レベル(RLO)です。止まった重要な業務を「どれくらいの時間で」「どの水準まで」戻すかを先に決め、その目標に間に合う対策を選びます。策定の6段階の流れはBCP策定の手順の記事にまとめています。
防災は拠点を守り、BCPは事業を戻す
防災は建物や人の被害を小さくする備えで、BCPは被害が出た前提で事業を続ける、戻すための備えです。
ガイドラインは防災の例として、耐震補強、備蓄、二次災害の防止、救助・救援、復旧工事を挙げています。これに対してBCMでは、被災した拠点をその場で直す「現地復旧戦略」と、別の拠点や別の調達先で事業を続ける「代替戦略」の両方を考えます。
工場の建物が無事でも、部品の仕入れ先が被災すれば生産は止まり、防災だけではこれを防げません。
BCP対策の具体例|ヒト・モノ・カネ・情報で整理する
BCP対策の具体例は、中小企業庁が示すヒト・モノ・カネ・情報の4つの切り口に分けると漏れなく並べられます。
中小企業庁の「事業継続力強化計画策定の手引き」は、災害が起きたときに自社にどのような影響が出るかを「ヒト(人員)」「モノ(建物・設備・インフラ)」「カネ(リスクファイナンス)」「情報」の4つの切り口から考える、としています。下の表は、4つの切り口ごとに、内閣府の事業継続ガイドラインと中小企業庁の手引きに出てくる対策の例をまとめたものです。
| 切り口 | 何が止まるか | 対策の具体例 | 出典 |
|---|---|---|---|
| ヒト(人員) | 従業員がけがをする、出社できない、連絡がつかない | 安否確認の手段と手順を決める/キーパーソンの代わりを決めておく(代替要員)/無理に出社させない判断の基準/対策本部の要員と役割 | 内閣府 事業継続ガイドライン、中小企業庁 事業継続力強化計画策定の手引き |
| モノ(建物・設備・インフラ) | 建物・設備の損壊、部品が届かない、電気・水道・ガスの停止 | 耐震補強と設備の固定/同時に被災しない代替拠点/調達先の複数化・在庫の積み増し・他社との協定/自家発電・回線の多重化・水の確保(ライフラインの代替) | 内閣府 事業継続ガイドライン、中小企業庁 事業継続力強化計画策定の手引き |
| カネ(リスクファイナンス) | 売上が止まる一方で、給与・仕入れ・復旧費の支払いが続く | 手元資金の確保/損害保険・地震保険/災害時に借りられる融資枠/事業継続力強化計画の認定による税制・低利融資 | 内閣府 事業継続ガイドライン、中小企業庁 事業継続力強化計画の案内 |
| 情報 | 顧客・受発注・設計のデータが消える、連絡手段が途絶える | 重要データのバックアップを同時に被災しない場所へ/紙の台帳の写し/複数の通信手段/取引先・従業員の連絡先の一覧 | 内閣府 事業継続ガイドライン、中小企業庁 事業継続力強化計画策定の手引き |
内閣府「事業継続ガイドライン」(令和5年3月)と中小企業庁「事業継続力強化計画策定の手引き」の記載をもとに作成
4つの切り口のうち、モノの中のライフライン(電気・水道・ガス)は外から供給されるもので、止まったときに自社だけでは戻せません。後半で水を詳しく扱うのは、このためです。
ヒト:安否確認と、無理に出社させない判断
ヒトの対策は、従業員の安全を確かめる手順と、誰がいなくても重要な業務が回る体制を前もって作ることです。
最初は安否確認で、電話がつながらない前提で複数の手段と、集計・報告の担当を決めます。次に、重要な業務ごとに「その人しかできない」作業を洗い出し、代わりに担える人を育てておきます。内閣府のガイドラインも、代替の人材の確保を事前対策の例に挙げています。
出社の判断も対策の一部です。内閣府のガイドラインは、大都市圏で従業員に無理な出社指示を出すと、救援活動の交通への支障、水や食料の不足、トイレやゴミの対応の難しさなどが予想される、と注意しています。テレワークで続く業務を分けておけば、出社する人数を絞れます。
モノ:建物・設備・ライフライン・調達先
モノの対策は、建物と設備を壊れにくくし、壊れたときや届かないときの代わりを用意しておくことです。
内閣府のガイドラインは、事業を止める重要な要素(ボトルネック)の例に、拠点、機械、原料・部品、ライフライン、物流などを挙げています。
- 拠点:本社が使えなくなることを必ず想定し、同時に被災しない場所に代替拠点を確保する(ガイドラインの記載)。
- 設備:耐震補強、機械や棚の固定、重要な設備の予備品。
- 調達:原材料・部品・運送などの調達先を複数にする、提携先と協定を結ぶ、在庫を増やしておく。
- ライフライン:ガイドラインは「通信、電源、水をはじめライフラインの代替対策(自家発電、回線多重化など)」を例に挙げています。
中小企業庁の手引きは、自社の弱点を確かめる項目に「上下水道の停止に備えた対策が行われていない」を入れています。
カネ:手元資金・保険と、使える支援制度
カネの対策は、事業が止まっている間の支払いに耐える資金と、復旧の費用を用意しておくことです。
内閣府のガイドラインは、東日本大震災ではキャッシュフローの停滞による資金不足が原因で倒産した企業が多かった、と書いています。売上が止まっても給与・家賃・仕入れの支払いは続くため、何か月分の固定費を手元に置くかを決め、損害保険や地震保険、災害時に使える融資枠を組み合わせます。
中小企業の場合は、中小企業庁の「事業継続力強化計画」の認定を受けると、支援を受けられます。
- 税制:認定を受けた計画に沿って、認定から1年以内に対象設備を取得すると、特別償却16%を受けられます。対象設備には自家発電設備、浄水装置、揚水ポンプ、排水ポンプ、耐震・制震・免震装置などが含まれます(揚水ポンプ・浄水装置などの機械装置は100万円以上のもの)。認定の期限は令和9年3月31日まで、対象は資本金1億円以下の法人などです。
- 融資:日本政策金融公庫の低利融資を受けられます。
情報:同時に被災しない場所へバックアップ
情報の対策は、重要なデータと連絡手段を、本社と一緒に失わない場所と方法で持っておくことです。
内閣府のガイドラインは、重要な情報についてはバックアップを確保し、同じ事象で同時に被災しない場所に保存することが必要だ、としています。データだけでなく、従業員と取引先の連絡先の一覧やBCPそのものも対象で、最低限は紙でも持ちます。
企業のBCP対策はどこまで進んでいるか
内閣府の調査では大企業の75.8%、中堅企業の54.8%がBCPを策定済みですが、飲料水を3日分以上備える企業は45.1%です。
数字は調査ごとに対象が違うため、調査主体・時点・分母を付けて別々に示します。
| 備蓄の品目(内閣府 令和7年度) | 3日分以上 | 備蓄なし |
|---|---|---|
| 飲料水:大企業 | 66.1% | 4.4% |
| 飲料水:中堅企業 | 43.0% | 19.0% |
| 飲料水:全体 | 45.1% | 17.5% |
| 簡易・携帯トイレ:大企業 | 55.7% | 12.2% |
| 簡易・携帯トイレ:中堅企業 | 32.1% | 37.1% |
| 簡易・携帯トイレ:全体 | 33.1% | 35.2% |
出典:内閣府「令和7年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」(図表の回答数n=1,759)。「3日分未満」「無回答」の列は省いたため、横に足しても100%にならない
策定率は、調べた相手で大きく違う
BCPの策定率は、内閣府の調査では大企業75.8%・中堅企業54.8%、帝国データバンクの調査では21.4%です。
内閣府の「令和7年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」は、大企業・中堅企業・その他企業の5,052社を対象にし、回答率は34.8%でした(図表の回答数n=1,759)。策定済みは大企業が75.8%(前回比0.6ポイント減)、中堅企業が54.8%(前回比9.3ポイント増)、全体で56.6%でした。
帝国データバンクの調査(2026年5月実施、有効回答10,521社、民間)は全規模が対象で、策定率は21.4%、未策定は40.7%でした。策定しない理由で最も多いのは「策定に必要なスキル・ノウハウがない」(42.2%、分母4,280社)です。
2つは対象も集め方も違うため、上下を比べる数字ではありません。規模別では、同じ帝国データバンクの調査で大企業39.9%、中小企業18.3%です。自社が大企業・中堅企業なら内閣府の値、中小企業なら帝国データバンクの中小企業の値が近い物差しになります。
水は「ある」が、3日分に届かない
BCPに水や食料の備蓄を書いた企業は75.3%ですが、飲料水を3日分以上備える企業は全体の45.1%です。
同じ内閣府の調査で、BCPに盛り込んだ項目として「水、食料等の備蓄」を挙げた企業は75.3%でした。ところが実際の備蓄量を見ると、上の表のとおり、飲料水を3日分以上備えているのは大企業66.1%、中堅企業43.0%で、中堅企業の19.0%は飲料水の備蓄がありません。簡易・携帯トイレは、中堅企業の37.1%が備蓄なしです。
水が止まることの想定そのものは、別の調査にも表れています。帝国データバンクの調査では、想定するリスクとして「インフラ(電気・水道・ガス)の寸断」を挙げた企業が36.8%(分母5,311社)でした。想定はしていても、量の見積もりまで進んでいない、というのが2つの調査から読み取れる姿です。
断水したとき、事業で何が止まるか
断水するとトイレが使えず人が事業所に居られなくなり、製造・厨房・医療の水も止まって事業が止まります。
中小企業庁の手引きは、計画の記載例として、電気・水道は1週間程度、都市ガスは2週間程度、供給が止まるという想定を示しています。実際の断水の長さは原因と地域で大きく変わり、国土交通省の記録では、地震で1か月を超えた例もあります。原因ごとの日数は断水はいつまで続くかの記事で整理しています。下の図は、断水したときに業種ごとに何から止まるかをまとめたものです。
内閣府・中部経済産業局・東京都の資料と報道をもとに作成
トイレが使えないと、人が事業所に居られない
断水で最初に困るのはトイレで、トイレが使えないと従業員が事業所に長く居られなくなります。
中部経済産業局の事例集には、能登半島地震で工場の断水が2月8日まで続き、その間トイレも使えなかった例が載っています。内閣府の「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」は、排泄の回数を1人1日5回として必要数を計算しています。従業員が50人いれば、1日で250回分です。
飲み水より先にトイレで事業所の機能が止まる、という順番を押さえておくと、備蓄の優先順位を決めやすくなります。
製造・加湿・洗浄の水は、給水車では足りないことがある
能登半島地震の事例集には、製造に使う水を給水車では確保できなかった工場の例が載っています。
中部経済産業局の事例集には、能登半島地震で断水した工場が「給水車では製造に必要な水を確保することができず」操業に影響した例と、電子部品工場が加湿に使う水を散水車で別の工場から受水槽へ運び、水質検査をしてから使った例が載っています。同じ事例集は、給水車は被災者の生活が優先だった、とも記録しています。
事業に使う水を給水車に頼る前提でBCPを書くと、実際には水が届かないおそれがあります。製造に水を使う事業所は、1日に何トン使うかと、どの工程から止まるかを先に確かめておく必要があります。工場の水の使い方は工場向けのページでも紹介しています。
断水は停電より長引くことがある
能登半島地震では、停電の復旧に比べて断水の解消に相当長い期間がかかりました。
内閣官房と国土交通省の「災害時地下水利用ガイドライン」(令和7年3月)は、能登半島地震について、停電の復旧期間に比べて断水の解消まで相当な期間を要した、と書いています。電源と水を同じ日数で想定していないか見直します。
事業所の断水対策|BCPに書く水の備え
事業所の断水対策は、必要な水の量を見積もり、備蓄・受水槽・協定・自前の水源を組み合わせて日数を確保することです。
下の表のように、もつ日数と用途が違う手段を重ねます。
| 手段 | もつ日数の目安 | 主な用途 | 弱点 |
|---|---|---|---|
| ペットボトルの備蓄 | 備えた日数分(国の目安は3日分) | 飲み水 | 量が限られ、トイレや製造には足りない。保管場所と入れ替えが要る |
| 簡易・携帯トイレの備蓄 | 備えた回数分 | トイレ | ごみの保管と処理が要る |
| 受水槽の水 | 残量と使い方で決まる(建物ごとに違う) | 飲み水・生活用水 | 停電でポンプが止まると上の階へ送れない。建物が古いと地震で壊れるおそれ |
| 給水の協定・給水車 | 相手の状況による | 飲み水 | 給水車は住民の生活が優先。事業に回る量は保証されない |
| 自前の水源(井戸・地下水) | 設備が動く限り続く | 生活用水(浄水処理をすれば飲用も) | 停電、濁り・水質の変化、津波の塩水。飲用には浄水と水質検査が要る |
内閣府「帰宅困難者対策ガイドライン」、東京都水道局の案内、中部経済産業局の事例集、内閣官房・国土交通省「災害時地下水利用ガイドライン」をもとに作成
必要な量を、人数と用途から見積もる
必要な水の量は、事業所に残る人数に1人1日3リットルと日数を掛け、トイレや業務の水を別に足して見積もります。
内閣府の「帰宅困難者対策ガイドライン」(令和8年1月)は、従業員が施設内に待機するための備蓄を3日分を目安とし、水は1人1日3リットル、計9リットルとしています。対象は非正規を含む全従業員で、外部の帰宅困難者用に10%程度の余分も勧めています。
飲み水とは別に、トイレや手洗い、清掃に使う水が要ります。空気調和・衛生工学会は、事務所の給水量の設計値として1人1日40〜60リットルを提言しています。普段の使用量の目安で、断水時に必要な量ではありませんが、どれだけ節水すればよいかの物差しになります。量の見積もりの詳しい手順はBCP策定の手順の記事にまとめています。
内閣府「帰宅困難者対策ガイドライン」(令和8年1月)の目安(3日分・1人1日3リットル・外部の帰宅困難者用に10%程度)をもとに作成
飲料水とトイレを3日分備蓄する
事業所の備蓄は、飲料水とトイレを従業員全員の3日分から始めるのが国と東京都の示す目安です。
東京都の帰宅困難者対策条例は、事業者に従業員の3日分の備蓄に努めるよう求めています(第7条第2項)。東京都のハンドブックは、3日分は目安で法的拘束力を持つものではない、と説明しています。国と都が同じ3日分を示しているので、まずこの量を満たします。
トイレは、1人1日5回で計算し、3日分を備えます。中小企業庁の手引きも、備蓄の品目として簡易トイレと浄水器を例に挙げ、発生直後から動く対策本部の要員の数を基に量を決めるよう書いています。品目と数量は、事業所がある地域の自治体の条例を参考にするよう、内閣府のガイドラインも書いています。
受水槽の水を使えるようにしておく
受水槽のある建物は、断水してもある程度の水を確保できるので、その水を取り出せる準備をしておきます。
東京都水道局は、受水タンクは工事による断水や災害のときにもある程度の水量を確保できる、と案内しています。受水タンクに非常用の給水栓を付けておくと、ポンプが止まっていても蛇口から水を取り出せます。東京都水道局の案内では、雑居ビルや工場のように各戸に都のメーターが付いていない建物は、所有者の責任で設置でき、申請(届出)は要りません。
一方で、同じ東京都水道局は、1981年以前に作られた貯水槽は地震で壊れる危険がある、と注意しています。点検や清掃を怠ると水質が悪くなることもあります。容量を1日の使用量で割ると、何日もつかの見当が付きます。
給水協定と、自前の水源
備蓄と受水槽で足りない日数は、地域や取引先との協定と、自前の水源で埋めます。
内閣府のガイドラインは、地域との協定の例に水・食料の提供を挙げています。また、救護や避難の場所になりうる施設は、自家発電・自家水源・代替燃料などを平常時から確保することが望ましい、としています。
国土交通省の上下水道地震対策検討委員会の報告書は、防災用井戸や耐震性貯水槽などを整備することも効果的だ、と書いています。長い断水を想定する事業所ほど、自分で持てる水源を検討する意味が大きくなります。
病院の断水対策|3日分の水が指定要件
災害拠点病院は、災害時に少なくとも3日分の病院の機能を維持するための水の確保が指定要件です。
病院は入院患者がいて診療を止められない施設です。病院の水の考え方は病院向けのページでも紹介しています。
災害拠点病院は「少なくとも3日分」
災害拠点病院の指定要件は、少なくとも3日分の病院の機能を維持する水を確保することです。
厚生労働省の通知は、具体的には少なくとも3日分の容量の受水槽を持つか、停電時にも使える地下水利用のための設備(井戸設備を含む)を整備しておくことが望ましい、としています。給水の協定を結ぶ方法も認められています。この文は令和5年の改正後も同じです。
水の確保が要件に明記されたのは令和元年7月の改正で、理由は北海道胆振東部地震で病院に長期の停電や断水が生じたことです(厚生労働省の資料)。国の財政支援の対象にも、診療機能を3日程度維持するための給水設備(地下水利用のための設備や受水槽)の整備が入っています。
病院のBCPの策定率は、厚生労働省の調査(平成30年12月1日時点の速報)で、全病院25.0%(回答7,294病院)、災害拠点病院71.2%(回答690病院)でした。これより新しい全国の集計は、厚生労働省の公表資料では見当たりません。いまの策定率としてではなく、平成30年時点の値として読んでください。
断水すると、透析・滅菌・洗浄から止まる
病院が断水すると、大量の水を使う透析や、器具の滅菌・洗浄から診療が止まります。
東京都の「災害拠点病院のBCP策定ガイドライン(令和2年度版)」は、断水が長引くと受水槽に確保していた水を使い切り、飲料水や医療用の水が止まる、と書いています。影響が出る業務に透析、滅菌、洗浄を挙げ、1日の使用量と災害時の節約可能量を確かめておくよう求めています。
実際の被害も記録されています。
- 令和元年の台風第19号では、合計142の医療機関が断水しました(厚生労働省)。
- 能登半島地震では、停電・断水などで26か所の医療施設の入院診療に制限が出ました(厚生労働白書)。
- 令和8年の熊本地震では、熊本県内の医療施設の断水が最大59か所にのぼり、7月30日時点で94か所の透析施設のうち12か所が透析の実施が難しい状態でした(厚生労働省の被害状況の資料)。
阪神・淡路大震災のあとの兵庫県の調査でも、診療機能を落とした原因で最も多かったのは「上水道の供給不能」で、163病院のうち120病院が挙げています(京都大学防災研究所の論文での引用)。
井戸を持つ病院でも、足りるとは限らない
井戸を持つ病院は全体の4割ありますが、井戸があるだけでは断水中の水を賄えない病院もあります。
先の厚生労働省の平成30年の調査では、飲用にも使える水を貯める受水槽がある病院が90.8%(回答7,403病院)、地下水(井戸水)を確保している病院が40.0%(回答7,349病院)で、井戸のある病院のうち浄水設備があるのは62.1%でした。
京都大学防災研究所の論文は、愛知県の災害拠点病院24院のすべてが地下水を水源として使える一方、断水時に地下水で必要な量を賄えるのは15院で、6院は給水車に頼る見込みだったと報告しています。理由は、井戸水を透析用の水や雑用水にしか使っていないためでした。
必要な量は病院の規模で大きく変わります。空気調和・衛生工学会は、総合病院の給水量の設計値として1日1床あたり600〜900リットルを提言しています。これは学会の設計値の提言で、国が定めた基準ではありません。仮にこの値で200床の病院を計算すると、1日120〜180トンになります。井戸が飲用まで賄えるか、どの用途まで回せるかを、使用量と並べて確かめておくことが大切です。
商業施設の断水対策|来客を守る水とトイレ
商業施設の断水対策は、従業員に加えて来客の分の水とトイレを備え、営業を止める判断の基準を決めておくことです。
商業施設に限った国のBCPや断水の資料は見当たりません。いちばん近いのは、内閣府の帰宅困難者対策ガイドラインが示す「大規模な集客施設」の役割です。
大規模な集客施設は、利用者を施設内で守る
大規模な集客施設は、災害時に利用者を施設内で保護し、水や毛布などを用意することが求められています。
内閣府の帰宅困難者対策ガイドラインは、大規模な集客施設の事業者に、利用者の保護に関する事業所防災計画を作って従業員に周知すること、年1回以上の実動訓練や図上訓練を行うことなどを求めています。利用者を守るための水や毛布の備え、自らが一時滞在施設になることも挙げています。
東京都の帰宅困難者対策条例は、集客施設の事業者に利用者の保護に努めるよう求めています(第8条第2項)。これも努力義務ですが、来客が多い施設ほど、従業員の3日分に加えて来客の分をどれだけ上乗せするかをBCPに書いておく必要があります。
飲食と衛生は、水が止まると営業できない
商業施設の飲食店とトイレは水に頼っており、断水で飲食店の営業が止まった例が報道されています。
報道によれば、2025年11月に沖縄県で断水が起きた際、那覇空港の旅客ターミナルでは館内の飲食店全44店が営業を取りやめ、水を使う一部の商品の販売も止めました。
内閣府の調査でも、BCPの策定率は小売業が47.9%、宿泊業・飲食サービス業が41.0%と、全体の56.6%より低い業種です。水が止まったときに「どの店舗・どの売り場を閉めるか」「トイレを何日開けられるか」を前もって決めておくと、当日の判断が速くなります。商業施設の水の考え方は商業施設・事業所向けのページで紹介しています。
井戸・地下水を、水のBCP対策に加える
井戸・地下水は、給水車や備蓄に頼らずに断水中の水を確保できる手段ですが、弱点を知ったうえで使います。
備蓄や給水車と違い、自前の水源は設備が動く限り水を汲み続けられます。地下水の基本は地下水のページで紹介しています。
災害用井戸は、主に生活用水の水源
国の災害時地下水利用ガイドラインは、災害用井戸の使い道を主に生活用水としています。
内閣官房と国土交通省の「災害時地下水利用ガイドライン」(令和7年3月)は、災害用井戸の使用目的を、主に生活用水(飲用以外の洗濯、風呂、掃除、トイレなど)としています。水質などが確保されれば飲用に使うこともできる、という位置づけです。断水で最初に困るのがトイレであることを考えると、生活用水だけでも事業所に人が居続けられる時間は延びます。
自治体と民間の協力も広がっています。熊本市は、民間の井戸を災害時に地域へ提供してもらう協定を結んでおり、市内99社100か所が登録されています。
停電・濁り・塩水という弱点
井戸は、停電するとポンプが止まり、災害のあとは水が濁ったり水質が変わったりすることがあります。
災害時地下水利用ガイドラインは、電動ポンプは停電時に利用できなくなるため、代替電源の確保や手動での併用ができる構造にするなどの備えが望ましい、としています。また、災害のあとには濁りや水質の変化が生じる場合があること、下水管や浄化槽の破損、薬品や油の流出が井戸に影響するおそれがあることも挙げています。
津波にも弱点があります。国土交通省の東日本大震災の報告では、塩水の被害を受けた井戸34か所のうち23か所(約67%)が浅井戸で、改善までに100日以上かかった所もありました。
井戸を持つだけで断水に備えられるわけではありません。電源・水質・深さの3つを先に確かめ、足りないところを手当てしてはじめて、断水中の水源として数えられます。
飲用まで賄うなら、浄水処理と非常用電源
井戸の水を飲用や医療用まで使うには、浄水処理の設備と、停電中もポンプと浄水設備を動かす非常用電源が要ります。
当社のオンサイト浄水処理は、深井戸から汲み上げた地下水を施設の中で浄水処理し、受水槽へ送る仕組みです。非常用電源につないでおけば、停電中も給水を続けられます。設備に異常があれば、水道の水に自動で切り替わります。東日本大震災では、導入先の病院が、水道が復旧するまでの数日間、すべての飲用水と医療用水をこの浄水処理した井戸水で確保しました。
浄水装置や揚水ポンプは、事業継続力強化計画の税制の対象設備に入っています。飲用に使う地下水の水質検査の考え方は水質検査の記事にまとめています。
BCP対策についてのよくある質問
Q. BCP対策は義務ですか
A. 一般の企業には法律上の義務はありません。ただし、災害拠点病院は3日分の水の確保などが指定要件になっており、介護事業所は令和3年度の介護報酬改定でBCPの策定が義務付けられ、経過措置は令和5年度末で終わりました。内閣府の事業継続ガイドラインは、すべての企業・組織に導入が望まれる、としています。
Q. 給水車が来れば、事業所の水は足りますか
A. 足りる前提にはできません。能登半島地震の事例集は、給水車は被災者の生活が優先だったと記録しています。厚生労働省の「水道の耐震化計画等策定指針」(平成27年)が示す応急給水の目標設定例も住民1人1日あたりの量で、発災から3日までは3リットル、7日目は20〜30リットル、14日目は約250リットルです。事業に使う水は、備蓄・受水槽・協定・自前の水源で別に用意しておきます。
Q. 水は何日分備えればよいですか
A. 国の帰宅困難者対策ガイドラインは、従業員が施設内に待機するための備蓄を3日分を目安とし、水は1人1日3リットル、計9リットルとしています。東京都の条例も事業者に3日分の備蓄に努めるよう求めていますが、法的拘束力はありません。3日分は最低限の目安で、それ以上の備蓄も検討するよう国のガイドラインは書いています。
Q. 中小企業がBCP対策に使える支援はありますか
A. 中小企業庁の「事業継続力強化計画」の認定を受けると、対象設備の特別償却16%の税制や、日本政策金融公庫の低利融資を受けられます。税制の対象設備には自家発電設備、浄水装置、揚水ポンプなどが含まれます。中小企業庁の地域別認定件数一覧では、認定は令和8年8月末時点で累計103,477件です。認定の期限は令和9年3月31日までです。
Q. BCPでは、断水を何日と想定すればよいですか
A. 決まった日数はありません。中小企業庁の事業継続力強化計画の手引きは、記載例として電気・水道は1週間程度、都市ガスは2週間程度止まる想定を示しています。一方、国の備蓄の目安は3日分なので、3日分の備蓄だけでは1週間の想定との差の4日分が残ります。この差を受水槽・協定・自前の水源で埋められるかを確かめておくと、BCPの水の計画が現実に合います。能登半島地震では断水の解消が停電の復旧より相当長くかかっており、原因ごとの日数は断水はいつまで続くかの記事にまとめています。
参考情報
- 内閣府「事業継続ガイドライン」(令和5年3月)
- 中小企業庁「事業継続力強化計画策定の手引き」、同 認定制度の概要と税制の案内
- 内閣府「令和7年度 企業の事業継続及び防災の取組に関する実態調査」(概要・報告書)
- 帝国データバンク 事業継続計画(BCP)に対する企業の意識調査(2026年6月25日発表)
- 中部経済産業局 令和6年能登半島地震の企業の対応の事例集(令和7年3月)
- 内閣官房水循環政策本部事務局・国土交通省「災害時地下水利用ガイドライン」(令和7年3月)
- 厚生労働省 災害拠点病院の指定要件の通知(令和元年7月・令和5年改正)と改正の説明資料、同 病院の事業継続計画の策定状況等の調査(平成30年12月1日時点)
- 厚生労働省 令和元年台風第19号の医療機関の被害状況の資料、令和8年熊本地震の被害状況の資料、「令和5年版 厚生労働白書」
- 東京都「災害拠点病院の事業継続計画(BCP)策定ガイドライン」(令和2年度版)
- 空気調和・衛生工学会「給排水衛生設備の単位給水量」の提言
- 京都大学防災研究所年報 第63号 災害拠点病院の水の確保についての論文
- 内閣府「帰宅困難者対策ガイドライン」(令和8年1月)、東京都「帰宅困難者対策ハンドブック」
- 内閣府「避難所におけるトイレの確保・管理ガイドライン」(令和6年12月改定)
- 東京都水道局 震災への備え(受水タンクの非常用給水栓)、同 貯水槽のよくある質問
- 厚生労働省「水道の耐震化計画等策定指針」(平成27年6月)
- 国土交通省「上下水道地震対策検討委員会報告書」、同 東日本大震災の井戸の塩水被害の資料
- 熊本市 災害時の協力井戸の案内
- 厚生労働省 介護給付費分科会 資料(介護事業所の業務継続計画)
- 琉球新報、沖縄タイムス 各報道(2025年11月)
